ようやく収束の気配がみえてきた新型コロナウイルスの感染拡大ですが、これに伴う社会・経済の混乱や営業自粛等により、多くの中小・中堅企業は厳しい経営環境を余儀なくされています。
こうした事業者を支援し、経済回復を主な目的として、政府は様々な制度を展開していますが、経営力向上計画に関する施策もその有力なひとつです。
経営力向上計画について詳しく解説します。
経営力向上計画とは
経営力向上計画とは、政府・中小企業庁が主管する支援施策の一環で、中小・中堅企業や小規模事業者が人材育成やコスト管理のマネジメント、設備投資など、自社の経営力を向上させるために取り組む内容を記載した事業計画のことを指します。
具体的には、当該事業者が経営力向上のための人材育成や財務管理、設備投資などの取組を記載した「経営力向上計画」を事業所管大臣に申請し、認定されることによって中小企業経営強化税制(即時償却等)や各種金融支援が受けられるものです。
計画の作成にあたっては、認定経営革新等支援機関でサポートを受けることが可能となっています。
参照:中小企業庁
経営力向上計画によるメリット
経営力向上計画は、国・政府による公的な中小企業支援策のひとつであり、当該計画を作成した企業には様々なメリットが享受できる仕組みが整っています。
経営力向上計画によるメリットについて解説します。
メリット1:税制に関する優遇措置
まず第一に、下記の税制優遇措置が受けられます。
新たな設備の固定資産税軽減:平成31年3月末までの取得分に限り、固定資産税を3年間にわたり1/2に軽減する
法人税の即時償却および税額控除:法人税の即時償却、または取得価額の最大10%税額控除の選択を適用する
*即時償却のメリットについては後述します。
メリット2:ビジネス拡大への金融支援
次に、当該事業者がビジネスを拡大させるための金融支援が得られます。
主な項目は下記のとおりです。
- 商工中金や日本政策金融公庫による低利融資
- 新事業活動限定の保証の別枠や保証枠拡大
- 海外銀行への債務保証を日本政策金融公庫が行うスタンドバイ・クレジット
- 中堅企業や食品製造業者に限定した債務保証
メリット3:補助金の申請が有利に
補助金の申請に際してはは審査があり、その際には厳しい条件をクリアすることが求められます。
経営力向上計画を策定した場合、補助金を申請する段階で有利になるような加点が行われ、各種補助金施策の審査が一般より有利になるメリットがあります。
認定を受けるまでの仕組み
経営力向上計画の作成から認定を受けるまでには、活動指針や認定状況、また認定の対象となる範囲などを把握する必要があります。
経営力向上計画の作成から認定までの流れについて解説します。
基本的な仕組み
申請へ向けての基本的な仕組みは、事業者が経営力向上計画書を作成し、自社事業の種類に応じて所管する主務大臣へ提出します。主管する主務大臣は、建設業の場合は国土交通大臣、衛生業務では厚生労働大臣などとなります。
留意点として、計画書の提出から認定まで1ケ月ほど時間が必要であったり、経営力向上計画に関する特典利用にはいくつかの期限があったりという点から、申請にあたっては余裕のあるスケジュール管理が必要となります。
なお、当該計画書を自社で作成するのが難しい場合には、各地域の金融機関や商工会議所、また税理士が所属する経営革新等支援機関の支援を受けることが可能です。
国が定めている指針と業種
国では、本施策申請にあたり、下記の19業種に関して経営改善のアイデア提出を求めています。
これらの業種に該当する事業者は、指針に沿って指定項目の中から数項目を選択し、計画書に盛り込んで作成します。
- 製造業
- 卸小売業
- 外食中食
- 旅館
- 医療
- 保育
- 介護
- 障害福祉
- 貨物
- 自動車運送
- 自動車整備
- 船舶産業
- 建設
- 有線テレビ
- 電気通信
- 不動産
- 地上基幹放送
- 石油卸燃料小売
- 旅客自動車運送
認定の状況と傾向
中小企業庁によれば、中小企業等経営強化法の適用要件である経営力向上計画の直近の認定事業者数は2021年3月末現在で12万131件となっています。
認定事業者を各カテゴリ別・認定件数順にみると次のとおりとなっています。
業種別
- 製造業(46,813件)
- 建設業(32,223)
- 卸・小売業(11,020)
- 医療、福祉業(6,496)
地域別
- 関東(41,441)
- 近畿(25,894)
- 中部(17,717)
- 九州・沖縄(13,288)
主管省庁別
- 経済産業省(59,029)
- 国土交通省(38,614)
- 農林水産省(12,102)
- 厚生労働省(8,851)
- 国税庁(1,731)
対象となる範囲
経営力向上計画を作成する際に、計画の対象となる中小企業者などの範囲と対象は下記のとおりです。
- 個人事業主
- 会社
- 企業組合、協業組合、事業協同組合など
- 生活衛生同業組合など
- 一般社団法人
- 医業を主たる事業とする法人
- 歯科医業を主たる事業とする法人
- 社会福祉法人
- 特定非営利活動法人
なお、会社または個人事業主、医業、歯科医業を主たる事業とする法人では、次の要件が定められています。
- 資本金が10億円以下もしくは従業員数が2,000人以下
- 社会福祉法人や特定非営利活動法人では、従業員数が2,000人以下
申請方法
経営力向上計画の認定を受けるためには、定められた手順に沿って適切に計画書を作成する必要があります。
当該計画書作成のための事前準備から認定後までのポイントについて解説します。
事前準備
事前準備で最も大切なのは、自社が経営力向上計画の対象か否かを確認することです。
計画書の提出によって固定資産税の半減が認定されるためには「対象となる設備が新規に購入したものである」「金額についての要件」といった条件があります。
また、自社が対象の場合には、購入を決めた設備が生産性を向上させると証明するため、メーカーに対して証明書の発行を依頼する必要があります。メーカーから証明書を取得するには一定の期間が必要なので、早めの事前準備が必要です。
計画実施後の効果
事前準備が完了した後、計画実施後の効果を盛り込む作業が必要です。
経営力向上計画には、計画の実施前と実施後で生じた変化を盛り込む項目がありますが、どの項目に記載するかは、国が定めている事業分野別指針を参考にします。
例えば製造業の場合、自社の強みを直接支える項目として下記項目の記載が求められているので、事業者はこうした指針の中から、必要数とされる項目を自由選択し、計画書に記載します。
- 従業員等に関する事項
- 製品や製造工程に関する事項
- 標準化や知的財産権等に関する事項
- 営業活動に関する事項
認定後の計画実施
経営力向上計画書の作成が完了した後、事業所を所管する主務大臣に計画書を申請・提出します。
計画書が認定された場合、税制措置や金融支援を受けながら当該計画書に沿って経営力向上の取り組みを進めます。
なお、途中で経営力向上計画の変更を余儀なくされる場合には変更申請が別途必要です。変更申請の際には、資金調達額の若干の変更や法人の代表者の交代といった項目を除き、設備の取得日から60日以内に主務大臣へ提出します。
専門家のサポート
経営力向上計画書の作成にあたっては、認定要件を正しく理解した上で進める必要があります。
自社で計画書の作成が難しい場合には、認定経営革新等支援機関のサポートを受けられる制度が利用可能です。認定経営革新等支援機関には、公認会計士や税理士といった経営の専門家が所属しており、相談や計画書の作成や認定取得、その後の計画実施などをトータルで支援してくれるため、小額の負担で計画書を作成できます。
即時償却について
設備投資を実施した際の会計処理は、設備の耐用年数に応じ、期ごとに一定額を利益からマイナスする減価償却を行うのが通常です。一方、即時償却では一括して全額を費用処理できます。簡単にいえば、即時償却とは「前倒しで経費を計上する」という意味です。
即時償却のメリットは、前倒しで経費計上することによって当該年度の利益が目減りし、法人税の課税対象所得を少なく抑えられるという点にあります。ただし、翌年度以降は償却費がなくなるため、最終的な納税額は同額となります。
即時償却によって、当該年度の節税額を増やせば資金に余裕ができるため、さらに次の投資にまわすこともできます。
今後、積極的な設備投資を予定している事業者には、即時償却が可能な上乗せ措置の利用を検討することを推奨します。中小企業投資促進税制の詳細については、下記をご参照ください。
経営革新計画との違い
経営力向上計画について詳しく解説してきましたが、さまざまな補助金の募集要項には、これと並んで「経営革新計画」が記載されています。
経営革新計画と経営力向上計画の違いについて解説します。
大きな違いは計画の目的
経営力向上計画も経営革新計画、それぞれが中小企業等経営強化法に基づいて実施されるものですが、計画を作成する目的が異なっています。
経営力向上計画は、現在企業が取り組んでいる事業をより一層成長させるために策定する計画です。人材育成や財務内容の分析、マーケティングの実施やITの利活用、また生産性向上のための設備投資などを通して、事業者が自社の経営力を向上することを目的に策定されるものです。
一方、経営革新計画は、新しい事業分野への進出や、革新的な事業を実施するための計画です。
このため、中小・中堅企業などが新しい事業活動に取り組み、経営を相当程度向上させることを目的として策定されるものです。
従って、経営革新計画を申請する際には、今後自社が取り組む予定の事業がどれだけ革新性があるのかについて詳しく説明する必要があります。
前者は既存の事業改善に、後者は新規事業展開に、それぞれ取り組む違いがあります。
計画認定機関も異なる
経営力向上計画は対象事業の分野を主管する大臣が認定するのに対し、経営革新計画は事業者が所在している都道府県の知事が認定します。業種で認定するか地域で認定するか、の違いとなります。
このため、前者では自社事業の所属事業分野を、後者では各地域での条件を、それぞれ確認する必要があります。
優遇制度の違い
経営力向上計画が認定されれば、上述のとおり固定資産税の減免や金融支援の特例措置などの優遇が受けられます。一方、経営革新計画が認定されると、政府系金融機関による低利融資制度や信用保証協会の保証枠の拡大などの優遇対象となります。
両者とも、税金の減免や金融支援・法的支援など、さまざまな優遇を受けられます。
最後に
経営改善と収益増大を目指す中小・中堅企業などにとっては、経営力向上計画も経営革新計画も、作成する目的や認定機関は違いますが、一度申請して認定されれば、さまざまな優遇を受けることが可能となります。
どちらの計画においても、最大の目的はあくまで自社の労働生産性や経営力を向上させることにあります。
それぞれの制度の内容・詳細をしっかりと把握し、無理のない効率的な計画を立案し、申請することがポイントとなります。
その上で、こうした制度を活用して自社の経営拡大を目指していただきたいものです。
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